自動車教習所の先生から焼き鳥屋
教習所の先生。
恐い、嫌い、苦手、ドキドキする、あまり好いイメージがありませんね。
これは、その先生達の努力が足りないからです。
本当は、先生ではなくて運転のレッスンプロなのです。
30万円もの大金を落として戴ける上得意のお客様なのです。
それをあの態度は、いけませんよね。
教えてやっているのだから私の言う事を聞きなさい。
出来ない原因は、私の言う事を聞かない生徒が悪い。
この態度は、レッスンプロとして失格です。
上達の遅い生徒さんを当たり前のように上達させるのがレッスンプロ(プロフェッショナル)ですよね。
自分が先生と自負している人達の大半が出来ない原因は、私の言う事を聞かない生徒が悪いと思っています。
そう思っている人達は、今すぐこの業界から去っていくべきです。
あの仕事は私の天職だといまだに思っております。
自動車教習所レッスンプロ(プロフェッショナル)篇は、後日に廻します。 (こうご期待)
その先生を阪神淡路大震災の直前までしておりましたました。
平成7年(1995年)1月17日午前5時46分阪神淡路大震災が発生しました。
家が全壊になり地域全体が機能をしなくなりました。
教習所は、生徒さんがこれなくて事実上の休校状態でした。
なんの躊躇もなく直ぐに退職願を出しました。(奥さんには事後報告)
少しでも地域のお役に立てればと思い水汲みから資材運び等、私が出来るボランティアをやっているうちに
その年の夏ごろに貯えが底をついているのに気がつき、真剣に今後について奥さんと家族会議しました。
その時の年齢が、47歳。
この年齢ではどこも就職先は、当然ありません。
その頃ある有名焼き鳥チェーン店でメニューの中に「だまって儲けろ中高年篇」と言う雑誌の
広告を発見しました。
その本を探して読んでみると焼き鳥屋は、ものすごく儲かるとの記述に出会いました。
このあたりが人生の綾と申しましょうか、私の人生を大きく変えることになってしまいました。
メニューの中の「だまって儲けろ中高年篇」には、儲かるからその有名焼き鳥チェーン店の加盟店
になりませんかの加盟店募集の勧誘の本だったのです。
後で気が付いたのですが加盟店募集の勧誘の部分は、まったく目に入らず自分の店を必死の思いで開店する事になりました。
私の人生においてこの早合点、なり間違って結果オーライの場面がたくさん(ほとんど)ありました。
これはなんなんですかね、今からこの10年を振り返ってみて1年に一回ぐらいは、倒産の危機が御座いましたが、
その度毎に目に見えない(私にとっては、神様)存在に導かれて結果オーライの状態になってしまいます。
阪神淡路大震災の発生時その時に限り、いつも寝ている寝室に寝ていませんでした。
もしその部屋で寝ていたら大きな重たい和ダンスが1メートルほど飛んできて私の上半身の上に落ちていた
状態だったのでその時に死んでいたとおもわれます。
それを見てからは、私はあの時に一度死んだのだから死ぬ気になればなんでも出来ると自己暗示にかかりました。
一生懸命、人の3倍働く人の3倍努力するを信条にこの10年が過ぎてきたように思います。
人の3倍努力しても良い結果がでなかった時は、目に見えない存在の意思なのだから甘んじてその結果を
受け入れようと覚悟をしています。
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凄いっすね。読んでて感動しました・・
自分は42歳で仕事に悩んでいます。
焼き鳥屋をはじめてみようと考えていたら
このHPにたどり着きました。
なんか背中を押してもらったような気分です。
レシピ開発のエピソードも読ませて頂きました。
凄いっすね!!そろそろ決断のときなので
腹をくくってみようと思います。
Comment by tamotu — 2008年4月26日(土曜日) @ 05時33分14秒